紫外線照射による動脈硬化抑制効果の検討

佐々木 直人 准教授
我が国では4人に1人が動脈硬化を基盤として発症する疾患(心疾患や脳血管疾患)により死亡しており、その発症機序の解明及び有効な治療・予防法の開発が切に望まれています。動脈硬化の発症・進展において、病的な免疫応答によって引起こされる慢性炎症の関与が明らかにされていますが、臨床の現場において、免疫バランスを調節することによる治療・予防法はいまだ確立されていません。紫外線B波(UVB)は免疫調節作用を有し、皮膚疾患の治療に有効であることが知られています。今回、私たちは皮膚へのUVB照射を行うことで病的な炎症・免疫応答を抑制し、動脈硬化の進展を抑制できることを見いだしました。これらの研究成果に対し、第39回日本光医学・光生物学会奨励賞を受賞いたしました。
本研究は、神戸大学大学院医学研究科 皮膚科学分野(錦織千佳子教授、福永淳講師)、神戸大学大学院医学研究科 循環器内科学分野(平田健一教授、山下智也准教授)と共同で行われました。
第39回日本光医学・光生物学会奨励賞
タイトル:「紫外線照射による動脈硬化抑制効果の検討」
動脈硬化への免疫の関与
動脈硬化の発症・進展にマクロファージや樹状細胞などによる自然免疫応答や、T細胞を中心とする獲得免疫応答が関与することが明らかにされています。T細胞には、炎症惹起性のエフェクターT細胞と炎症抑制性の制御性T細胞(Regulatory T cell:Treg)が存在することが知られています。Tregは自己免疫疾患の発症抑制に必須の役割を果たすリンパ球として発見されましたが、近年、動脈硬化の発症・進展の抑制にも重要な役割を果たすことが分かってきました。Tregを介した免疫応答を増強させたり、エフェクターT細胞を介した免疫応答を抑制したりすることにより、病的な炎症・免疫応答を抑制することで、動脈硬化の進展を抑制できる可能性が示唆されています。サイトカインや抗体医薬の投与によりこれらのT細胞の免疫バランスを調整することで、動脈硬化性疾患の病態を改善できる可能性が報告されています。しかし、その副作用やコストを考えると、長い治療期間を要する心血管疾患に対しての治療薬として使用することは難しいと思われます。

今回明らかにしたこと:紫外線照射により動脈硬化を抑制できる
UVBは免疫調節作用を有し、乾癬(かんせん)やアトピー性皮膚炎など、皮膚疾患の病態の改善に有効であることが示されており、その治療法として確立されています。UVB照射により、皮膚局所だけでなく全身の免疫バランスも調整できる可能性が示唆されています。そこで私たちは、病的な免疫応答を抑制する方法としてUVB照射に着目し、動脈硬化の進展に対する抑制効果・機序について検討しました。マウスの皮膚にUVB照射を行うことで、全身のリンパ組織におけるTregの増加に伴って病的な炎症・免疫応答が抑制され、動脈硬化性プラークや腹部大動脈瘤の形成が抑制されることを明らかにしました。皮膚の抗原提示細胞であるランゲルハンス細胞は、皮膚における外界からの刺激を全身に伝える仲介役として近年注目されています。ランゲルハンス細胞欠損マウスを用いた検討により、UVB照射によるTregの増加や炎症・免疫応答の抑制、動脈硬化の進展の抑制において、この細胞が重要な役割を果たすことを明らかにしました。私たちは、「皮膚から動脈硬化を予防する」という全く新しい概念を提唱することができました。

まとめ
UVB療法は、経済的負担が少なく比較的安全な治療法として皮膚科領域で臨床応用されています。近年、動脈硬化性疾患に対する治療は医療経済を圧迫していますが、UVB照射による治療は経済的負担の少ない治療法として期待されます。今後、病態改善の詳細な機序を解明し、効果的かつ副作用を最小限に抑えた照射条件を見いだすことにより、動脈硬化性疾患の新規治療法としての臨床応用を目標として研究を進めていきたいと考えています。
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