• 2021/03/10
  • 教育・研究

生体内の脂質ラジカルを非侵襲的に検出する新規放射性プローブの開発(薬品物理化学研究室)

薬品物理化学研究室の東 里沙さん(大学院博士課程1年)、山﨑 俊栄 助教、佐野 紘平 准教授、宗兼 将之 特任助教、向 高弘 教授は、九州大学大学院 薬学研究院 生命物理化学分野の山田 健一 教授、松岡 悠太 助教との共同研究で、脂質ラジカルを生体内で検出する放射性プローブの開発に成功しました。

脂質ラジカルは、脂質過酸化によって生成する反応性の高い化学種であり、脂質が連鎖的に酸化され本来の機能を失うことから、動脈硬化やがんなど様々な疾患に関与すると考えられています。
これまで、細胞や組織で生じた脂質ラジカルを蛍光で捉えるプローブは開発されていましたが、生体レベルで非侵襲的にそれを捉えるプローブはありませんでした。

そこで、本研究では、高感度に画像化が可能な核医学イメージングに着目し、生体内で生じた脂質ラジカルを捉える薬剤を開発することに成功しました。生物個体の中で生成する脂質ラジカルの時空間的情報を得ることで、酸化ストレス疾患における脂質過酸化の寄与や機能の解明につながるものと期待されます。

本研究成果は、国際科学誌Free Radical Biology and Medicineに掲載されました。

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【研究内容】
「生体内の脂質ラジカルを非侵襲的に検出する新規放射性プローブの開発」
~酸化ストレス疾患の病態解明や治療法創出に期待~

【研究背景】
生体内に存在する不飽和脂肪酸が活性酸素などにより酸化されると、高い毒性を有する脂質過酸化物へと変化し、がんや動脈硬化をはじめとする様々な疾患と関連することが報告されています。
これらの脂質過酸化反応は、不飽和脂肪酸から脂質ラジカルが生じることにより反応が開始されるため、一連の脂質過酸化反応の起点である脂質ラジカルを検出することが出来れば、疾患の早期発見につながることが期待できます。しかし、生体内の脂質ラジカルを非侵襲的に捉える手法は存在せず、ヒトでの脂質ラジカルの実態は未だ不明とされています。
つまり、生きた個体での脂質ラジカルを計測する手法を確立できれば、疾患との関連の解明並びに臨床診断への応用へと繋がることが期待されます。
これまでに、蛍光を測定原理とする脂質ラジカル検出手法が報告されていますが、蛍光では生体深部の検出ができないため、生体内のあらゆる場所に存在する脂質ラジカルを非侵襲的に検出することは難しいという問題を抱えていました。そのため、生体内における脂質ラジカルの実態解明に向けて、生きた個体での脂質ラジカルを非侵襲的に検出する手法を確立することが求められていました。

【研究成果】
γ線は波長の短い電磁波の一種であり、γ線放出核種から放出されるγ線は生体外から検出可能であるという特徴を持ちます。そこで我々はこれまでに、脂質ラジカル補足能を有するニトロキシド誘導体を用いた放射性プローブの開発を進めてきました。
しかしながら、この化合物は、生体内に存在するアスコルビン酸などの還元性物質により容易に還元され、脂質ラジカルとの反応性が消失してしまうという問題点が存在しました。
そこで本研究では、脂質ラジカル検出プローブの生きた個体への応用に向けて、還元抵抗性を向上させた新規ニトロキシドプローブの合成及び評価を行いました。本プローブの脂質ラジカルとの反応選択性を確認したところ、生体内に存在する活性酸素やグルタチオンと反応せず、脂質ラジカルとのみ選択的に反応することが示されました。
さらに、細胞実験では、脂質ラジカル産生が亢進している細胞においてのみ有意に高く細胞に取り込まれることが示されました。加えて、脂質過酸化を亢進させたモデルマウスに本プローブを投与すると、脂質過酸化が生じている臓器で有意に高い集積を示しました。
これらの結果より、本プローブが生体内の脂質ラジカルを検出する新規核医学イメージングプローブとして機能する可能性を見出しました。生体内の脂質ラジカルを非侵襲的に検出する手法はこれまで存在しませんでした。
今回用いた核医学イメージング手法は、高感度かつ非侵襲的に対象を検出できる手法であり、生体内での脂質ラジカルを検出する有用な手法となり得ると予想されます。本手法により生物個体での実態に則した脂質ラジカルの生体内分布・挙動が解明できれば、疾患の早期診断や新規治療薬の創出にも貢献できるものと期待されます。

【掲載論文】
雑誌名:Free Radical Biology and Medicine
論文タイトル:A radioiodinated nitroxide probe with improved stability against bioreduction for in vivo detection of lipid radicals
著者:Risa Azuma, Toshihide Yamasaki, Kohei Sano, Masayuki Munekane, Yuta Matsuoka, Ken-Ichi Yamada, Takahiro Mukai
URL:https://doi.org/10.1016/j.freeradbiomed.2020.12.028

【用語説明】
非侵襲的:生体を傷つけることなく。
ラジカル:不対電子をもつ原子や分子、イオン。
プローブ:ある標的分子を探査(検出)するために、その標的分子と特異的に作用することによって、標的分子の位置や量を明らかにする化合物。
ニトロキシド:分子内に窒素-酸素結合を有し、その結合上にラジカルが存在する化合物の総称。
核医学イメージング:放射性同位元素で標識した化合物を生体に投与し、その化合物の分布情報を得るとともに、化合物の特性を利用した機能情報を画像化により得る手法。

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