Research
概要
生命有機化学研究室では、触媒反応を駆使した精密有機合成法に基づき、生命現象を解明するための機能性物質や工業的に付加価値の高い光学活性化合物を創製し、創薬ならびに応用化学へと繋げる基礎的研究を展開しています。新しい機能や生物活性を有する医薬品や天然物において、その分子の三次元骨格を選択的に構築するための有機合成法は、物質化学を支える基盤科学技術として発展しています。特に、原子効率(生成物/原料)の向上、E-ファクター(廃棄物/原料)の低減、毒性化合物削減の問題は、環境低負荷を指向した現代有機合成の重要課題です。生命有機化学研究室では、天然酵素の機能に匹敵するような有機反応制御を目指し、既存の手法をはるかに凌駕する高い効率と選択性を実現する人工触媒反応プロセスや新しい有機合成法を開発を目指しています。「革新的な分子触媒の開発」と「バイオミメティックな合成手法に基づいた生理機能分子の創製/機能の解明」を両輪とする生命有機化学を推進します。
(1) 酸塩基複合化学に基づく画期的な触媒デザインによる有機反応制御
(2) ナノ・キラル高機能触媒による不斉触媒反応の開発
(3) グリーンケミストリーを志向した低環境負荷反応プロセスの開発
(1)の例: リチウムアセチリドのケトンへのエナンチオ選択的付加反応に有効な基質包接型キラル大環状ジリチウム塩触媒の開発
「鏡写しの似て非なる分子の作り分け」と言い表すことができる不斉合成法は、精密な分子合成技術を要するキラル医薬品合成に欠かせない技術です。しかし、触媒による制御が、基質の反応性と反応剤の反応性のアンバランスに打ち勝てない場合があり、特に不斉触媒反応の開発では解決すべき課題が多く残っています。例えば、単純ケトンの不斉アルキニル付加反応は、反応性が低いケトンと反応性が高いリチウムアセチリドを組み合わせる必要があり、これまで同反応を高レベルで制御できるキラル触媒はありませんでした。今回、キラル大環状ジリチウム(I)塩触媒を創製することにより、高収率・高エナンチオ選択的なケトンの不斉アルキニル化反応を開発しました。本反応の重要な点は、大環状触媒のキラルポケットで立体を認識しながらケトンとリチウムアセチリドを同時に包接して活性化することです。これにより、様々なケトンとリチウムアセチリドに対して反応を最短5分で完結させることに成功しました。有用な医薬品合成とともにいくつかの付加価値の高い有用化学物質への変換を実現しました。また、NMR解析、X線結晶構造解析、質量分析、UV-Vis測定、DFT計算などにより、触媒の構造推定および機能解明を行い、得られた知見を総合して新たなマルチ選択的反応を計画・実演することより、酵素に匹敵する触媒機能を証明しました。
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, ASAP
DOI:10.1021/jacs.3c08905

(2)の例: エナンチオおよびジアステレオ選択的Friedel–Crafts型二重アミノアルキル化反応に有効な再利用可能シリカ担持型アンモニウムBINSA塩触媒
アルジミンによるN-ベンジル-またはN-メチルピロールのエナンチオおよびジアステレオ選択的フリーデルクラフツ型二重アミノアルキル化のためのシリカ担持アンモニウム(R)-BINSate触媒を開発しました。現在の不均一系触媒は、単一のアミノアルキル化に効果的であった以前の均一系(R)-BINSAアンモニウム触媒と比較して高い触媒活性を示しました。単純なアルジミンを使用することができ、対応するピロール由来のキラルC2対称トリアミンが、非常に高いエナンチオ選択性を備えたdl体が優先して得られました。不均一系触媒は、触媒活性やエナンチオ制御を失うことなく、簡単に回収して3回再利用できました。
XPS分析によって、3回リサイクルした後、高品質の触媒を保持していることが確かめられました。微細な不斉有機触媒作用を備えた現代のグリーンケミストリーの観点から、このようなキラルな強いブレンステッド酸触媒の開発は、実験室および工業用途の両方に役立つ可能性があります。
Asian J. Org. Chem. 2021, 10(2), 360-365.
DOI:10.1002/ajoc.202000603

(3)の例: 触媒的エステル交換法を用いる(メタ)アクリル酸エステルの効率合成
「アクリル酸エステルやメタクリル酸エステル」(以下、(メタ)アクリル酸エステルと略記) は(メタ)アクリル酸とアルコールから生成するエステルであり、高分子材料のモノマーとして、塗料、接着剤、建材、電子材料、光学材料などに広く用いられています。特に近年、電子材料分野への用途が増えており、(メタ)アクリル酸エステルの高純度化の要求が高まっています。材料の特性はモノマーの分子構造によって大きく左右されるため、高機能材料の開発には多種多様なアルコールから(メタ)アクリル酸エステル類を合成する技術が欠かせません。
(メタ)アクリル酸エステルの工業的製造法には、主に脱水縮合法とエステル交換法の2種類があります。多くの企業は脱水縮合法を採用していますが、この方法では原料に過剰の(メタ)アクリル酸を、触媒に硫酸などの強酸を必要とします。そのため、生成エステルに硫黄分が残存したり、(メタ)アクリル酸由来の酸性物質が副生し、高純度化の妨げとなっています。一方、エステル交換法では強酸を必要としないものの、アルコールの
1,4-付 加反応が競合するため、選択的反応の開発が求められます。 名古屋大学大学院工学研究科の石原一彰教授、神戸薬科大学の波多野学教授、北海道大学触媒科学研究所の長谷川淳也教授らの共同研究グループは、入手容易な嵩高いフェノールのマグネシウムまたはナトリウム塩触媒を用い、室温・無溶媒条件下、
(メタ)アクリル酸メチルとアルコールから多種多様なエステルを高収率・高選択的に合成することに成功しました。 本研究成果は、アメリカ化学会誌ACSキャタリシス
(ACS Catalysis)に、2020年 12月16日にオンライン版に掲載されました。
ACS Catal. 2021, 11(1), 199-207.
DOI:10.1021/acscatal.0c04217
