本学の薬用植物園は、六甲山系生駒山の山壁をひな壇状に仕立て、前面にちぬの海沿いに広がる市街地と、さらに大阪湾を展望できる地形に位置し、昭和40年に初代園長 松隈 貞雄教授を中心とし圃場(1〜6号圃)が造成されました。昭和44年に温室が新設され、また管理棟と種苗圃も新設されましたがこれらは学内に点在していました。
次いで、園長 橋本 庸平教授を中心として昭和56年に本園までの舗装拡幅道路が敷設され、また1〜6号圃内の傾斜に沿った道路も拡幅舗装し、肥料、苗木等の重量物のトラック運搬が可能になりました。また園内に回廊歩道を設置し、自然林を生かしながら薬木を植樹し、園内を散策しながら薬用植物をより身近に観察できるよう努めてきました。さらに擁壁の補強工事および土壌改良材による土質の改善、重要な薬用植物等の充実を計ってきました。そして昭和53年に最初の本園薬用植物目録が発行されました。

昭和61年以降は、点在していた本園の諸施設を1個所にまとめたレイアウトを計り、その充実を試みてきました。すなわち、ききょう会館、新学生寮の建設にともない昭和61年に管理棟、種苗圃を現在地に移転しました。また平成4年に温室も現在地に改築移転し、大学当局の理解のもとで園の関係諸施設を1個所にまとめることができました。とりわけ、温室の改築移転に当たっては、全国の薬用植物園でも余り例をみない地中冷水循環法による冷室を併せもった温室を建築し、熱帯植物のみならず寒冷地に適する薬用植物の保存および栽培研究にも備えています。また植物園の施設の整備が一段落した平成7年度には植物目録改訂版を発行しました。

薬学系の大学の植物園が共通の目的とする医薬品資源とその遺伝子素材の保存が問われている今日、全国薬系大学薬用植物園は、各園が保存する植物に関するデータベース化を平成5年に完了ています。さらに本園は、平成8年4月から国内はもとより諸外国にも直接植物の医薬品資源の情報を求めることが可能な段階となりました。