細胞内で作動する糖鎖合成異常を修復する仕組みの発見

shitan150603.jpg
生化学研究室
灘中 里美 講師

第20 回(2015 年度)日本細胞生物学会論文賞 (CSF Award)受賞
タイトル:「TFE3 Is a bHLH-ZIP-type Transcription Factor that Regulates the Mammalian Golgi Stress Response」

私たちを構成する「細胞」に指示を与え「細胞」をやる気にさせる糖鎖

ヒトは約60 兆個(37 兆個という説もあり)の細胞から構成されていますが、すべての細胞の表面や周りには、たくさんの糖鎖が存在し、健康に生きるために重要な役割を果たしています。糖鎖はいろいろなタンパク質と結合することで細胞に「増えなさい」「神経細胞になりなさい」という指示を与えたり(図1)、糖鎖が存在することによって細胞の周りの雰囲気がよくなり、「さあ、今から増殖するぞ」と細胞をやる気にさせたりする役割を持っています。

さて、注目してほしいのは、糖鎖が緑色・オレンジ色・水色の部分に色分けされていることです(図1)。色の違いは糖鎖の構造の違いを表し、水色の部分は「増えなさい」という命令に、オレンジ色の部分は「神経細胞になりなさい」という命令に関係します。つまり、命令したい内容を持つ糖鎖構造を、状況に応じてつくり分けることで、適切な指示を細胞に与えています。

img-detail-05-photo-02.png
図1 糖鎖のはたらき

「細胞」の正常な働きを妨げる糖鎖の合成異常

もし、状況にそぐわない指示が出たらどうなるでしょう? 例えば、ビルの高層階で火災が発生したとき、本来ならば、下層階の非常口へ向かうよう指示がなされるはずです。もし、誤って火災現場より上層階へ避難する指示がなされたならば、多くの人は煙にまかれて命の危険にさらされるでしょう。細胞に指示を与える糖鎖が正しくつくられなかったときにも同じことが起こると考えられます。増えなくてもいい細胞が増殖を始めたり、ベストなタイミングで神経細胞にならなかったり・・・。このようなことが起こるため、糖鎖の合成異常は、骨の病気や神経疾患など多くの病気の原因になっていると考えられています。

細胞は糖鎖の合成異常を修正する仕組みを生まれながらに持っています

私たち人間と同じように、細胞はいつも快適な環境の中で生きているわけではありません。ときには、過酷な環境にさらされ、調子が悪くなり、正しい糖鎖がつくれないこともあります(図2)。そんなとき、細胞は泣いてばかりいるわけではありません。細胞内では正しい糖鎖をつくり出そうと対応策が講じられています。

細胞内には糖鎖をつくる工場「ゴルジ体」が存在します(図2)。糖鎖合成に異常が生じると、糖鎖合成工場「ゴルジ体」に連絡が行き、正しい糖鎖がつくられるように製造ラインが調整されます。細胞内では、こんな仕組みが作動しているので、少しばかり過酷な環境に置かれたとしても、すぐに病気にはなりません。

このような糖鎖合成異常を修復する仕組みが細胞に備わっていることを発見したことが受賞の理由です。今後、この新しい 仕組みを医学・薬学分野へ貢献できるような研究へと発展させていきたいと考えています。

img-detail-05-photo-03.png
図2 糖鎖に異常が生じると細胞内の糖鎖合成工場であるゴルジ体に連絡が行き、再び正しい糖鎖がつくられるようになる

同じカテゴリの研究レポート

  • コンドロイチン硫酸の硫酸化構造変化による骨硬化症の発症
  • コンドロイチン硫酸の硫酸化構造変化による骨硬化症の発症

  • 高感度な免疫測定法の構築に必須な高親和力抗体を効率よく獲得する手法の開発
  • 高感度な免疫測定法の構築に必須な高親和力抗体を効率よく獲得する手法の開発

  • ラジカル化合物の反応性制御と生体計測プローブ・治療化合物への展開
  • ラジカル化合物の反応性制御と生体計測プローブ・治療化合物への展開

  • 磁性リポソームを利用した標的組織内滞留型磁性化間葉系幹細胞の作製
  • 磁性リポソームを利用した標的組織内滞留型磁性化間葉系幹細胞の作製

  • 亜鉛触媒反応を応用した細胞内亜鉛イオンの高感度検出プローブの開発
  • 亜鉛触媒反応を応用した細胞内亜鉛イオンの高感度検出プローブの開発

  • 医薬品合成を指向した基質設計とカチオン性ヨウ素試薬を鍵とする複素環合成法の開発
  • 医薬品合成を指向した基質設計とカチオン性ヨウ素試薬を鍵とする複素環合成法の開発

  • 胆汁酸毒性低減を指向する肝細胞膜リン脂質トランスポーター活性化因子の探索
  • 胆汁酸毒性低減を指向する肝細胞膜リン脂質トランスポーター活性化因子の探索

  • 中学生に対するがん教育の実施および生徒の意識変化
  • 中学生に対するがん教育の実施および生徒の意識変化

  • 生理活性ペプチドの鼻腔内投与による脳への送達と疾病治療への応用
  • 生理活性ペプチドの鼻腔内投与による脳への送達と疾病治療への応用

  • 熱応答凝集性ポリマーを基盤とする小線源療法用薬剤の開発
  • 熱応答凝集性ポリマーを基盤とする小線源療法用薬剤の開発

  • 紫外線照射による動脈硬化抑制効果の検討
  • 紫外線照射による動脈硬化抑制効果の検討